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河村 勝二 (石川県) |
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| ろうあ者フルマラソン:2時間34分04秒 | |
| 全国ろう者体育大会(陸上) 1972年 兵庫大会 800m、1500m 優勝 1973年 大分大会 800m、1500m 優勝 1974年 横浜大会 1500m、5000m 優勝 1975年 秋田大会 5000m、10000m 優勝 1980年 一宮大会 1500m 優勝 |
私が、走る事にとりつかれたのは、高等部3年の時、全国身体障害者スポーツ大会(長崎県)に初参加して、1500mで優勝してからである。
石川県立ろう学校には、バレー部、野球部、卓球部だけしかなく、陸上部などなかった。
初めての全国的な試合で、それまで全国的な状況も知らなかった為、その時の私のかっこうは田舎っぺそのもの。
スパイクもはいていなかった。みんなのスマートなかっこうを見てびっくり。スタートから無我夢中で走って、ゴールしたら1等賞。
うれしい!この時から私の走り狂が始まった。
社会人になって、陸上の練習を開始。3年後に金沢西クラブが結成された。
それまでの3年間は、練習方法や科学的な知識も全くなくて、なかなか上達しなかったが、この金沢西クラブ結成後、先輩の健聴者から色々な指導を受けて、急上昇。
先輩のお陰を感謝している。このクラブのメンバー15人で、ろう者は私だけ。毎週水、金曜日で、グランドに集まって練習する。1時間半、厳しく苦しい練習が続いた。
これまでにフルマラソンに参加した事が4回あるが、初めて参加したのは22歳の時。
中日福井マラソン大会で、参加120人中9位。これまで大感激!また、色々な大会で、入賞、優勝を経験したが,なつかしいものと言えば「東京〜新潟駅伝大会」がある。
この大会は3日間にわたって開かれたのだが、石川県選択チーム20名の中に、ろう者でただ一人私が選ばれた事がある。又、22・23歳の時、石川県陸上競技選手権大会の3000m障害で、2年連続で優勝したことも、特に嬉しい思い出である。
ここで、第7回京都マラソン大会(1975年2月9日)について書きたい。
その大会が開かれたのが2月上旬。
この大会を目指して特訓をやったのだが、冬の北陸で、雪と冷たい北風、そして凍結した道路とひどい悪条件。
毎日夕方から25キロ走り続けた。雪の時は特に足を痛めやすいので、足を守る為、特別神経を使った。
薬をぬり、又毎日入浴、マッサージ。仕事が室外なので暖房などなく、仕事が終わると、練習で寒さも2倍。
非常な努力と忍耐力が必要だった。
大会当日、開会式では、全国から集まったろう者二人とも出会い、少し気持ちがなごむ。
その式が終わって翌日、日本の選手と外国からの招待選手、合わせて245名がグランドに集まり、スタートの合図で一勢に走りはじめた。
コースの距離は42.195キロ。
スタートから非常に速いペースで、苦しい試合になった。
もう10キロ地点ぐらいでは、苦しくて、苦しくて棄権しようかと思ったぐらい。
しかし15キロを過ぎると苦しさが消え去った。これまでの厳しい練習又楽しい思い出が夢のように頭に浮かぶ。
又40万人の街頭の観衆の応援に励まされて、それからは、本当に楽しく快調に走った。折り返し地点あたりから、1人・2人・3人・・・と前の走者を追い抜き始め、本当に楽しく又、一生懸命にゴールを目指して走り続けた。
成績は245人中37位。2時間34分04秒。この時の感激はなんとも表現しきれないが、終わった時には、喜びと体中の疲れと、高ぶった感情が入り混ぜって、涙がにじみ何とも言えない気分。
京都のろう者にもたくさんの応援を頂いた。本当にありがとう。
これからも頑張って、新たな目標を目指して頑張って走り続けたい。
全国ろう者マラソン紹介