斎藤 美香 (北海道)

日本でめずらしい若いおしどり夫婦ランナー

第23回サロマ湖100kmウルトラマラソンに参加して

 今年の佐呂間湖100kmウルトラマラソン、滋信は一昨年完走したが今回も完走して自信をつけたいと話していた。

 私は初出場。夫婦そろって完走しようと誓い合ったのだった。

 前日佐呂間で前夜祭が行われた。すごく雨が降っていて、明日は寒いのではないかと心配になった。

 会場の近くにある旅館で宿泊。私は緊張のためあまり眠ることが出来なかった。

 2008年6月22日(日)午前2時半起床。3時に食事。3時半に旅館を出、大会会場に着いてから準備体操。

 天候は小雨。薄暗く、肌寒い朝。気温は9度。湿度は95%。参加者は2811人。

 5時に号砲。走る途中、滋信はおなかの調子が悪くなり、トイレに行くときに私に「先に行って、仲間についていくんだよ」と言われ、私は一緒に走った。

 45kmまで私は仲間と一緒に励ましあいながら走ったので心強かった。

 給水所には水だけでなくパンやバナナ、チョコレート、スイカ、梅干、レモン、クッキー、スポーツドリンク等があり、空腹だったので助かった。

 その後、私は太ももが重くなり、ペースダウン。仲間は先に走って行き、一人の戦いになった。

 その頃、滋信はトイレに何度も行って走ったり休んだりの繰り返しだった為、足が重くなり、しかも時間のロスが出来てしまい、あせっていた。

 50キロ過ぎて私はとうとう歩き出した。給水所で休憩してから走ろうとしたが、苦しい…。

 心は走ろうといっているがまたにしても体が重い…足が痛い…。

 滋信に「今どこにいるの?私は○○キロメートルにいるよ。苦しいよ〜」とメール。

 滋信からは「○○キロメートルにいるよ。がんばれ!」と励ましあいながら走ったり、歩いたりの繰り返し。

 滋信は「出来るだけ美香はゴールに近づいていてほしい、僕が追いかけて一緒に完走したいから頑張れ!」とエールのメールを送ってくれた。

 80キロ過ぎに私は益々足が痛く、歩くのがやっと。

 制限時間も迫ってきてめげそうになった。

 もう走れないよ…90キロでリタイアしよう…その時、折り返して来た仲間が私に「もう少しだよ。がんばろう」と声をかけてくれた。

 その後、滋信にも仲間が「美香はすぐ近くにいるよ」と教えてくれたので一目散に走り、追いつき私の背中をぽんとたたいた。

 もうびっくりするやら嬉しいやら。

 \(◎o◎)/!

 「さあ!一緒に行こう」 (^o^)丿

 「もう無理だよ、足が痛い」(>_<)

 「僕も足が痛い、でもあきらめるな!一緒に完走しよう!ほら走れ!走れ!!」

 私の手をぐんぐん引っ張り 「ほら、走れたね!この調子で走ろう!90kmまで走ろう、そして休憩しよう。」

 風が吹いて寒かった。90km地点に着いた。

 ゴールまで制限時間があと2時間。給水してストレッチ。歩いたり走ったりした。

 滋信はまたトイレへ。腹痛と戦いながら走っているので滋信は疲れきっていた。

 私はゴールが近づいたからか、何故か元気になり、走ろう!行こう!と今度は私が滋信を引っ張る。

 滋信は待って、落ち着いて、足が痛い、制限時間は大丈夫だからと抑える。

 多くの応援者が拍手を送ってくれた。あと2kmになっていた。

 あともう少しだ!だんだんとゴールの会場が見える。今まで走ってきた事がじわじわと感動となりよみがえって来た。

 道路に仲間がいた。「おめでとう!もうゴールは目の前だよ!」 「ありがとう!」 お互いの手をたたいた。

 沢山の人が拍手、声援してくれ、うれしかった。そしてゴールに向かった。 滋信と一緒に両手を上げガッツポーズ。

 時間は12時間33分31秒。 二人にとって重い重い完走メダルをいただいた。

 感激! もしも滋信がトイレに何度も行っていなかったら私より先にもっともっと早くゴール出来てただろうに。

 滋信がいなかったら私は80キロ過ぎにもう自分の弱い心に負けてしまい90キロでリタイアしてただろう。

 滋信が何度もトイレに行ったおかげで83キロ過ぎに会うことが出来、だめになりそうだった私を引っ張ってくれた。

 励ましあいながら一緒にゴールすることが出来た。

 滋信、ありがとう。

 不思議だね、もしかしたら夫婦2人の最初の100kmマラソンを一緒に完走させる為に神様が滋信にトイレに行けと魔法かけたのかもしれないねと2人で笑いながらの会話だった。

来年も完走目指す。今回は走ったり、歩いたりだったけど今度は走り続けてペースを乱さない力を身につけたい。

 怪我に気をつけて滋信と一緒にがんばって行きたい。


  

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