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嶋田裕子 (大阪府) |
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| 世界ろう者マラソン記録保持者:2時間53分56秒 | |
8年前、全国障害者スポーツ大会の時、偶然珍しいきれいなお嬢さんがぼくの所に来て、本当にびっくりした。嬉しかった。 早速彼女から、「永井さん一諸に走って下さい」と申し出を受けて、50分走した。ぼくは今までろう者女性と一緒に走った事が無かった。すごく走れた彼女はとても素晴らしい。 以後、ぼくはマラソンで強くなった秘訣等を沢山書いた手紙を送った。 現在もフルで頑張っている。ろう者女性は日本で一人だけ、マラソンで活躍してるが、もっと増えて欲しいね。 |
走ることが大好きなのでミズノ会社に入って走り続けたらいいなぁと思っていました。
早速、大阪ろう陸上部に入部しました。
初めて実業団大会に5000Mにエントリーしました。
皆は速くて私はビリだろうと思って覚悟して頑張って走ったら真ん中くらいでした。
もっと頑張れば記録を伸ばせるだろうなぁという頑張る気持ちが沸いて本格的に練習に励んでいました。
でもいつも1人で走るのでついに怠けてしまいました。
ろう陸上部と走友クラブに入っていろんな大会に参加するたびに記録は自己新が続いていました。
走友クラブの中に女性(子持ちママランナーさん)が大阪国際マラソンに走っていますと聞いて、「貴女も頑張れば出られるよ!」と言われてもう燃えついた。
国際マラソン資格取得条件は公認レースでハーフ1時間半以内、30K 2時間13分以内、フル 3時間15分以内をクリアしたら出場できるので必死に練習やりました。
そのためにレースは3つもエントリーしました。
最初、福知山マラソンは3時間32分でダメでした!
次、尼崎ハーフは1時間32分でダメでした!最後のレースだから資格クリアするよと気合いで頑張りました。
クリアできるかはとても不安でした。
クラブの人が応援へ来てくれてイーブンペースで走ったのであまり乱れなくギリギリで2時間11分くらいに完走できてやっと大阪資格クリアできたのでめちゃ嬉しかった。
あこがれていた大阪国際マラソンに出るなんて嘘みたいでした。
それから大阪マラソンまで練習に励んでいました。この大会はレベルが高いなので
すごく緊張しました。
あの時、マラソンというは未熟なので食事のことは全くわからなかった。
マラソン大会スタート時間から4時間前に餅4個とかパンとかお雑煮とかをいっぱい食べたほうがいいのに、私はまだ意識はなかったのでいつもと同じように食べていました。
そのため、30Kを過ぎると体内に蓄積されているグリコーゲンというエネルギー源がなくなり血糖値が下がって頭がボーッとしてきました。
脳に行く栄養が不足して脳が寝たような状態になってしまって手足も動かなくなってしまい、気力でなんとかゴールまでにたどりつきました。
ビリから2番目なので恥ずかしかったけど、完走できたことだけは自分に褒めたかった。
☆夢のサブスリー達成したこと
マラソンを始めていつかサブスリー(3時間を切ること)になりたいなぁと夢がありました。
その夢を追いかけて走り続けましたが、なかなかサブスリーできなかったです。
やっと、2003年の大阪国際マラソンで念願のサブスリー達成できました。
達成できた理由は、練習のメリハリがあったこと、走る仲間がいたこと、練習は人一倍の努力でやったことがあったからです。これで終わりでなく次の目標(2時間40分台)を作ってまた
頑張って行きたいです。
全国ろう者マラソン紹介